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・不登校への対応についての指針

・文部省パンフ「不登校への対応について」

・待つと関わる。
待つと関わるは二項対立ではない。待つ=見守り続けるではない。
関わればいいのではない。適切なアセスメントを行い、適切に関わる。

子どもの状態に合わせて再登校に向けての支援、登校刺激を与えて関わる。
⇒微妙な子どもの変化を察知し、周りの動きも変わっていく。今のこの子を正しく理解、アセスメントすることが大切

・見守ること
待つ=見守るとは根気のいる。様子を見守っているつもりが、見捨てられたと感じることも。
⇒ただ見守るだけでは見捨てられた感になってしまう可能性も
保護者と話したり、配布物を預けるだけでも気持ちは伝わる。
もちろん、子どものニーズを把握することには十分エネルギーをかけること。

・必要なアセスメント
待つ、見守る=関わる
複雑化している不登校。対応もタイプ(神経症的、怠学、非行傾向、身体症状)や期間によって多様化する。

今の子どもが抵抗の少ない人物画最初の窓口になり、子どもを理解していくプロセスを

発達的な視点

思春期を生きる子どもたち。
とにかく悩みやすく、言語化出来ない子どもも多い。→暴力や自傷行為、神経症的不登校心身症
悩みという結晶化がされにくい。

カウンセリングにおいて。
苦悩に寄り添い、成長に必要な危機を読み取るアプローチを。(山中 1979の思春期内閉論)
→内閉を保障し、傾聴し、内閉の旅の同行者として付き合い、内的成熟を待つ。

不登校ケースでは本人のアイデンティティの探求や、自我発達のプロセスが展開されるケースも少なくない。

反面。
不登校によって、家族や本人が受けるダメージもある。不登校そのものに意味が見出されるのは、症状が改善されその苦しみを過去のこととして振り返られるようになってからであろう。学習の遅れや友人関係からの撤退というリスクもある。

成長の陰には本人や教師、親の努力がある。
→安易な成長期待や根拠のない楽観主義はリスキーである。

前途に希望を抱きながら、目の前の現実から目を背けないように。子どもを社会に繋げていくための支援を。

社会学的視点

歴史や社会から捉える視点(滝川1994、森田1991
進学率も低く、学校に行きたくても行けない時代には不登校はどんどん現象していった
s60になると、これまでの知識の提供の場ではなく、サービスやコミュニケーション力が学校でも提供されるようになった。
→学校に与えられていた意味や尊厳が社会全体の中で低下していった。行かねばならない牽引力を低下させた。

森田:現代社会に特有な個別化や私事化傾向が、学校の全体力への圧力を凌駕した。
登校が良い就職という単線的上昇ラインの崩壊。自明性の低下。

→進学率が低かった頃は学校へ行く理由を求められたが、今は登校が当たり前となり、学校に行かない理由が注目されるように。

原因論への言及

家庭原因論
少子化に伴って進んだ過保護、過干渉が社会性や自我の成長を阻害
分離不安型不登校やネグレクト
→親の養育態度や家庭の教育力の低下

⇄完全な母親を演じる時代だからこそ、演じきれない自分や不完全な子どもへの不安?
→保護者への支援や協力者としての視点


学校原因論
学歴偏重や画一授業のような個性を黙殺する教育方針や、教育現場の荒れ→子どものストレス
いじめも一つ。傍観者の影響
教師とのいさかい
→友人関係や教師との関係は、不登校解消のリソースにもなる。

進学率の上昇と不登校数は、反比例の形(滝川1994
→学校原因だけが全てでない

本人原因論
本人の性格や未熟さ。→自我の弱さ、エネルギーの不足、自己中、我儘→自我の未熟さや対人関係の稚拙さ。
→しかし、原因というよりは、不登校によって人づきあいから退却する術を得た、暗い性格が作られたのでは

本人の問題は原因ではなく結果では。
傷つきやすさ等は、優しさや感受性である。
改善や消去よりも、そこに自信が持てるような支援を。

不登校はどうして起こるか。

不登校になったきっかけ(教師側
1.病気以外の本人に関わる問題(本人の対人関係能力など)
2.いじめ、親子関係をめぐる問題
文科省、児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査

1.友人関係をめぐる問題
2.学業や教師との問題。
3.特に思い当たることはない
※現代教育研究会の不登校経験者

1学校の友人関係
2.教師との関係、勉強・受験
3.自分の性格
適応指導教室調べ

→調査の対象によって特徴に差異がある

背景にある価値観の変化


不登校の増加と多様化の背景
学校の価値観の変化:登校を自明視しない見方。個の自由が尊重され、個別化された生き方を認めようとする社会風潮。
学校に行かない生き方が認められ、学校に行くという規範そのものが問い直され変容してきている。

その価値観の裏付けとして、第二の学校的居場所の確保が行政からも支援されている。
現代の不登校は、行く・行かないの是非を超えて、時代と社会の動きが縒り合いながら変貌している。

現代社会における不登校


状態像そのものの多様化・複合化
新しいタイプ-現代型不登校。従来の神経症的不登校に代表されるような、行きたいけれど行けないというジレンマがなく、引きこもりや抑うつを特徴としない。一見寛解したかに見える不登校の増加。
葛藤にぶつからず、現状を打破しようという変化や成長が乏しい。

待ちの姿勢では通用しない。
過度な登校刺激を避け、子どもの成長を見守る姿勢が重視されるように文科省の見解。しかし、虐待やいじめ、発達障害(によるいじめや学力不調)のケースは待っているだけでは解決しない。

従来のマニュアル対応だけでは意味を成さない。まず目の前の子どもを正しく理解することからスタートすることら。目の前にいる子どもがどんな苦しみや生き辛さの中にいるのか。それを、理解しようと寄り添ってくれる大人の存在が求められる。